
貴方とは
同じものを夜中に見たい
あのコとは
違うものを昼間に見たい
あの人と
好きなものを朝方見たい
ひとりきり
未知のものを夕方見たい
蒼い花
一粒ずつで一房
超 寄って
撮ってブレて
ジャングルみたい
ほんとうは
この林 小さかったはずなのに。
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君ありて 僕は春!
もう いいや
ピンク色に染まってしまえ。
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おしゃべり。
しられたくない。
おしゃべり。
聞かれたくない。
おしゃべり。
でも君にだけ言う。
だいすきな 人のこと 夢のこと 街のこと。
「知ってるよ。」
「知ってるよ。」
「うんうん。」
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躑躅 蠟燭 葡萄のお酒。
似た漢字。
似た感じ。
これは 躑躅、物憂げな。
『おや 羊!食うなこの花 倒れるぞ』
躑躅(てきちょく)は、地団太を踏む 羊の話し。
身を潜め 貴方を想うような花
花でも 毒でも 皿までも
「食うな」と 言われ続ければ
「知るな」 「見るな」と 言われれば
<節制>で連想するのは山の奥
静かで 熱き この反旗
あなたの生きている今日は
昨日の死者が夢見た明日
そうよ
喉から手が出るほどに
一分
一秒
願い
叶え
紫は
活路の染みたような色。
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ある日のことです。
おはなしに行きました。
車いすで小学校へ。
子供たちの質問タイム。
得意料理はなんですか と
かわいらしい女の子が言ったので
私は「めだまやきです」と 言いました。
次の子は
好きな人はいますか
というので
いますよ と 言いますと
また次の子が
「そのすきな人にめだまやきをあげたことはありますか」
と 言いました。
これはすばらしい詩だと思って
私はとても楽しくなって
「バレンタインにあげてみます」
と言いました。
ふと見れば
ある朝の めだまやきの黄色と白が庭先へ。
あのときの みんなのことを 思い出します。
いろんなゆめを みておいで?
あまい やさしい たまごとお砂糖と朝のひかり。
こどもたちが いつも
しあわせでありますように。
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「桜の下には 死ぬ人が 埋まっているっていうんだよ?」
と からかわれたのは ごく小さい 子供のころのことでした
「だからね 赤く咲くんだよ?」
「そうか じゃあ これは
友達の木だ
私の木だよ
掘ってみようか 私が埋まってるかも?」
そう言って いろいろを斜に構えたのは
いつごろのことだったでしょうか
「別に要らない
反論の術 その為の口も もっと 違うことに使うよ
傷つける 為に 話したい 訳じゃなし」
そんなような 得も言われない感情を
押し込めて 受けて流して忘れてしまう
それが私の生きる術
そして それを見抜いた たったひとりの友達・・・ …
彼女は凄い色の桜
凄い枝ぶり 幹 根 それらを
想像の絵に描ける画家で
架空や虚構や想像という
総じて ファンタシーのなんたるかを 1枚の絵で
私に教えた人間です
大人になって見た桜は
左右に二列に零れんばかり
そのまんなかには さんざめく川
果てしない
思いとか 私の中にまだあった願いとか
それが 連になって どこか天井の青まで
繋がっていけるような感覚や
そういうものを 包み込んで 思い出させてくれました
大人になって見た桜は
ただの奇麗な桜でした
怖いお話は憑いてなく
甘い香りの 優しい春の
絵本のような 桜でした
なので 私は 安心をして
ああよかった と 思いました
「ああ よかった」
と 思うまで たいへん 月日がかかりましたが
生きてきて 今にして しあわせです
大人になって見た桜は
左右二列で さんざめく川
全部 散るなら ピンクの水が
ゆうゆう 流れて 海へゆき
彼岸と此岸の風情でしょう
お舟を浮かべたいような。
それでも 私は こちら側
足を漬けには ゆけません
生きている君の
まだ そばに
生きている君の
まだ そばに。
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5月1日になったら
ミューゲの日
異国の紳士を真似て
かっこつけても許される
ああ チャンス!
だって君こそは 似てる
しゃらしゃらの長い髪
ころころの笑い声
きらきらのワンピース
ぷるぷるの珠の肌
ぽちぽちのまあるい目
ひっそりと ちいさくて
うなだれているんじゃないの
ああ そうだ
おくゆかしいの
どうやっても この花に似ている
だからぼくは
好きな本をあげます。
今 それを選んでいます。
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ああ 嘘を また搗き忘れてしまったわ
エイプリルフールだったのに
と 言いながら
空中に設えた道を 私たちは歩きました
今年一番の桜は
夢のようにすぐそばに咲いていて
近代的な街に
それと解る香りを運ぶ
<同じような春>
という錯覚を
私たちは楽しみながら今日を行く
「風が北からではなくなった」
「去年の今頃はどうだったっけ?」
そんなことを言いながら
言いながら
「夢と現実の境目は
思うより 曖昧かもしれないよ?」
「来年の話をするとほら
何が笑うんだったっけ?」
そんなことを言いながら
言いながら
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写真 三好祐司
自分の暮らしている街に、生きた証を残したい、
そんな小さくて強い思いのもと 立ち上げた 「彩の国 ゆめコンサート」
本年、5回目、みなさまの温かいご支援を、本当にありがとうございました。
このコンサートが、<年に1回 ここで会えるね>と 思えるお客様 関係者それぞれにとっての あたたかく 夢のあふれる 障害、世代、立場を超えて心と心の帰る場所であり 次なる夢への原動力でありそんな 生命力のある<場所>として あり続けることを、5回目にして もろもろ葛藤を超えて 本当の意味で 望んでいる 今です。
わたしには、身体的にはハンディキャッパーであるという一面がありますが、そういった、身体的や知的など、なんらかのハンディをもった人たちが、世に持てる力、夢、可能性、それを、自己を信じて 発揮できる<場>の少なさを感じ、また切なる必要性を感じ、とにかく いろいろなことを 感じながら います。
彩の国 ゆめコンサートが この街、さいたま市に 末永く 音楽コンサートとして根ざし多くの方の<次なる夢への機動力>になればいいな と 思っています。
コンサートは、多くのかたの 支えなくてはできません。
これまで そのことの はがゆさばかりを 感じて 悩み 悩みながらの 前進でしたが、今年 心から スタッフ含め「多くの人と舞台を作り上げる」ことの「喜び」を感じました。
感謝です。
第1回目から 全回のご支援 ご協力を賜りました皆様に 心より感謝申し上げますとともに
次回も よろしくお願い申し上げます☆
発起人 朝霧 裕
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