2008年4月29日 01:25

「桜の下には 死ぬ人が 埋まっているっていうんだよ?」
と からかわれたのは ごく小さい 子供のころのことでした
「だからね 赤く咲くんだよ?」
「そうか じゃあ これは
友達の木だ
私の木だよ
掘ってみようか 私が埋まってるかも?」
そう言って いろいろを斜に構えたのは
いつごろのことだったでしょうか
「別に要らない
反論の術 その為の口も もっと 違うことに使うよ
傷つける 為に 話したい 訳じゃなし」
そんなような 得も言われない感情を
押し込めて 受けて流して忘れてしまう
それが私の生きる術
そして それを見抜いた たったひとりの友達・・・ …
彼女は凄い色の桜
凄い枝ぶり 幹 根 それらを
想像の絵に描ける画家で
架空や虚構や想像という
総じて ファンタシーのなんたるかを 1枚の絵で
私に教えた人間です
大人になって見た桜は
左右に二列に零れんばかり
そのまんなかには さんざめく川
果てしない
思いとか 私の中にまだあった願いとか
それが 連になって どこか天井の青まで
繋がっていけるような感覚や
そういうものを 包み込んで 思い出させてくれました
大人になって見た桜は
ただの奇麗な桜でした
怖いお話は憑いてなく
甘い香りの 優しい春の
絵本のような 桜でした
なので 私は 安心をして
ああよかった と 思いました
「ああ よかった」
と 思うまで たいへん 月日がかかりましたが
生きてきて 今にして しあわせです
大人になって見た桜は
左右二列で さんざめく川
全部 散るなら ピンクの水が
ゆうゆう 流れて 海へゆき
彼岸と此岸の風情でしょう
お舟を浮かべたいような。
それでも 私は こちら側
足を漬けには ゆけません
生きている君の
まだ そばに
生きている君の
まだ そばに。
トラックバックURL: http://www.you-asagiri.com/bin/mt/mt-tb.cgi/18
コメントする